特別座談会「謙慎書道会70回記念展に寄せて」

謙慎書道会の今後と展望

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-- 続きまして本日の第二のテーマである「謙慎書道会の今後と展望」についてまず新井先生からお願い致します。

新井 幸いなことに現在、謙慎では若い人達が活躍しているのは非常に喜ばしいことです。先きほど来、各先生からお話の出た謙慎の姿勢や理念といったものを若い層が認識し、着実に受け継いでいってくれるかぎり前途は限りなく広がるだろうと思います。ただIT化やグローバル化の波が急速に押し寄せる現代において、一番危惧すべきことはややもすると単なる思いつきやアイデアだけの作品づくりになってしまうという傾向があることです。しかし、本当に書の本質を追究しようという気持ちがあれば、決して逸脱することはないと思います。それはこれまで縷々話してきた謙慎の伝統と歴史を作られてきた諸先生方のお仕事を見れば、いくらでも学ぶことは無尽蔵にあるといっても過言ではありません。本日、最終審査を終えたばかりですが、各先生方も異口同音に若い人たちの勉強ぶりを認めておられました。まったく私も同感であり、若い人たちの活躍を大いに期待しているところです。

-- 本日はご都合により仮名の東山一郎先生と浮乗清郷先生がご欠席ですが、謙慎の仮名について現理事長として語っていただけませんでしょうか。 

新井 仮名は昭和57年の第44回展から「かな部展」が新設されました。この時から活動分野が、漢字、かな、篆刻の三部門となりました。本日、審査が終わってかな部も見せていただきましたが、着実な歩みを続けているという印象を強く持ちました。

-- 今回、70回記念展ということで漢字・仮名・篆刻三部門による質量ともに素晴らしい「日中書法の伝承」展が開かれます。企画段階からタッチされた燒リ先生から何かございますか。

燒リ 理事長が本展のガイドブック等に書かれているとおりですが、このたびの展観は謙慎がこれまで歩んできた道筋を再確認するためのものであり、しかもそれを謙慎以外のより多くの人々に見ていただき、今後の書道に何らかの指針を与えられたらという壮大な構想のもとに進められました。まさに過去と未来の両方を兼ね備えた展示になったと思います。謙慎展におけるかな部の歴史は新しいですが、本展では漢字・篆刻に勝るともおとらぬ名品・劇蹟が集まりました。これもかな部の将来に必ずや益することになると確信しています。

-- それでは「謙慎の今後と展望」について今度は年齢のお若い順に発言していただければと思います。

和中 私にとって今でも衝撃的な出来事といえば、西川先生、青山先生が主導された呉昌碩展、呉譲之展、趙之謙展などの併催展でした。これによって明清の書世界に対する目を開かせていただいたと同時に、そうした清朝の金石家たちの書画が西川先生の実証的な研究と相まって書道界に与えた啓蒙的な意義は非常に大きなものがあったと思います。そうした意味でも今回の「日中書法の伝承」展は謙慎にとってもまさにメルクマールとなる出来事ではないかと思います。

燒リ 謙慎ではこれまで毎年、特別展を開催してきましたが、それらを若い人たちが直に見ることによって自らの作品に生かしてきたという長い歴史があります。そうした繰り返しによって若い人たちの眼も随分と向上したはずです。謙慎という会はそうした自己学習の場を自然に与えることと、先ほどからの鍛練主義、古典重視の理念とが相乗効果を発揮してまた新しい世代が擡頭してくるのだと思っています。

内藤 篆刻は非常に面白そうだが地味でどこか取っ付きにくいとかいろいろ言われますが、やはり地に足をつけた勉強が何よりも大切であると思います。とくに今後を担う若い世代の皆さんには基本を身につけ、幅広い知識と名品の学習に励んでもらいたいと思います。恩師の小林先生は西レイ八家から清朝末期の名家に至るまで書・画・篆刻の名品に通じ、その実作と研究への情熱たるや偉大なものがありました。昨年急逝されましたが、これからは小林先生の意思を以って、謙慎書道会のために一層の努力を尽くさねばとの思いです。

樽本樹邨書
樽本樹邨書
田中 今の若い人たちの多くは苦しい経済状況の中で頑張っておられると思うのですが、そういう方々にできるだけチャンスを与えていきたいと考えています。先輩諸氏は若い人たちに手を差し伸べ応援する、そういう雰囲気を大いに作っていかなくてはいけないと思います。この先、書道人口はまだ伸びてくる余地はあるとは思いますが、一面非常に厳しい現実も出てきています。そうした状況の中で若い人々が中心になって動いてくれれば、謙慎の組織も活性化され、まだまだ発展していくと思います。

樽本 私は若い頃、昭和16年に出版された西川先生の『支那の書道』を読んで感動したことを思い出します。私たちはそこで謙慎の理念を教えられたわけですが、今や西川先生や青山先生の立派な著作集が出版されております。若い人たちは自らの作品の肉づけとして両先生が残された理論をしっかり摂取したなら作品もより高度な深いものになろうかと思います。



鈴木春朝書
鈴木春朝書
鈴木 先ほど新井先生も言われましたが、私も謙慎書道会の将来について特に不安は持っておりません。何故かといえば書を愛し、謙慎を愛する人々がいるかぎり絶対に大丈夫だと思うからです。殿村先生が我々によく「謙慎展は誰彼に見てもらうところではなく、謙慎の上層部がお前たちの勉強した作品を見て評価するところなのだ」と話されました。それはパフォーマンスではなく古典を咀嚼して、自分の血肉となった作品になるよう、ただひたすら勉強せよという教えだと思いました。そして、私達は先生の眼にかなった作品を書きたいと思い続けてきたわけで、この様な思いも若い人たちが受け継いでくれると信じています。

稲垣 今日の大謙慎が存在するのは青山先生のご尽力がいかに大きかったかについては皆様が縷々述べられたとおりです。ある時、先生がこれから篆刻をやるからと、私の目の前で初めて印刀を握られたことがありました。その時の印影は今も手許にありますが、篆刻にしろ、仮名にしろ、また近年の調和体にしろ、どの分野についても確固たる理念を持って当たられたと思います。そうした偉大な先生の衣鉢を若い方々はしっかりと受け継いでいただきたいと思いますね。

岩井 青山先生が指導された槙社文会についてはここに出席されている燒リ先生の他にも日展の会員となられている有望な若手が多数おられるのは一先輩として頼もしいかぎりです。もちろん、他の社中においても前途有望な人たちが育っているので、謙慎の将来は磐石かつ前途洋々たるものがあると安心しております。

-- 本年は西川先生没後19年、青山先生没後15年となりましたが、現理事長として謙慎の若い世代に対する希望と期待をひとことお願い致します。

新井 今日、若い人たちには限りない可能性があるわけですが、今後どのように発展していくかについては想像がつきません。はっきり言えることは若い人たちの活躍できる舞台は十分に整っているということです。自分のことを言うのも変ですが、かつて謙慎展の第一室に入ったときの鳥肌が立つような高揚した気持ちを忘れることはできません。そして、そこが自分の作品を発表する舞台になったときの感激は今も心の奥底に脈打っていいます。そうした初心といいますか、原点をいつまでも大事にしていきたいと思います。そうした意味で僕たちも若い人たちに見てもらえる、魅力的で本道を歩む作品を書き続けて行くことが重要だと思います。

梅原 芸道には厳しさは当然あってしかるべきです。我々が謙慎に住まわせてもらっているということは、その厳しさの点で本当に有り難い立場に置かれているわけです。謙慎書道会を木に喩えれば銘木です。その銘木の幹から我々が枝を茂らせて来られたということは誠に有り難いことです。先ほど審査を終えましたが、結局、選ばれた作品というのは皆さんの納得できる、いわゆる説得力のある作品ばかりでした。そして、年代層を察するところ若い人が多かったんじゃないでしょうか。新しい幹や枝にまた新しい花が開いていくのではないかと、この70回展は非常に満足のいくものだったと思います。

-- ただいまの梅原先生のお言葉をもちまして締めの言葉とさせていただきます。本日は長時間ありがとうございました。

※本座談会は平成20年2月21日、上野・精養軒でおこなった。
※匠出版 書21 2008年30号より転載。
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